俺は、
この親とちびはほっといても拗れるだろうと、立ち去ることにした。
それよりも、帰ってやりたい事があった。
男はたぬき達を放置して、去っていく。


急に訪れた平穏に、しばらく悄然としていた親子だったが。
静寂を打ち破ったのは、ちびたぬきだった。
「まま…まま…！」
姉妹をねじり殺され、次は自分だという恐怖から解放されて、ちびたぬきは親の元へよろけながら駆け寄った。
汚い声の親たぬきも、受け入れるべく両手を拡げる。
「ぢびぃ゛…！」
声は違っても、親子であることに変わりはない。
2匹はぎゅうっと抱き合い、お互いの感触とぬくもりをしばしモチモチと確かめ合った。


この日は、親ひとり子ひとりで、水いらずの夜を過ごした。
「ぢび…ごれ゛も゛だべる゛じ…ぼがの゛ち゛びが死゛ん゛じゃ゛っ゛だがら゛、い゛っ゛ばい゛あ゛る゛じ…」
「あむあむし…おいしいし…」
「よ゛じよ゛じ……ま゛ま゛に゛ば、も゛ゔお゛前゛じがい゛な゛い゛じ…」
「ｷｭｳｳ…ありがとうし…まま、だいすきだし…」
自分の分の食料すらも与えながら、ガビガビの声で懸命に語りかける親に対し、ちびの声は抑揚がなく、顔は引き攣っていた。
そして、夜が明ける前。


「やっぱりヘンだし…あの声聞いてるとおかしくなっちゃうし…」
もう、元の関係性には戻れないと子供心に感じて。
ちびたぬきは寝ている親たぬきを尻目に、こっそりとダンボール重ねの中から抜け出した。
「ｽﾞﾋﾞｰ…ｸﾞﾙ゛ﾙ゛…ﾀﾞﾇ゛~…」
すっかり寝入った親たぬきは、いびきも汚い。
「ばいばいだし…変な声の、まま…」
見切りをつけて、ちびたぬきは一足早い独り立ちを決めたのだった。


初めて出た外の世界は、思っていた以上に広く。
親にずっと出ちゃ駄目と言いつけられていたちびたぬきにとって、壮大な冒険の始まりを予感させていた。
しかし踏み出そうとした小さくとも偉大な一歩目は、しっぽを何者かに踏まれ妨害されてしまった。
何者かはちびたぬきの身体を抑えつけ、ぶちり！とちびたぬきの短いしっぽがちぎられる。
「ｷﾞｭｳ！？いたいし、いたいしぃぃ！」
しっぽを失ったちびたぬきはバランスを崩し、前のめりに転倒する。
お腹や顔を土埃で汚しながら、ジタバタするちびたぬきの背後には。
昨日公園で男に蹴り飛ばされ、追い払われていたはずのもどきが、噛みちぎったちびのしっぽを咀嚼していた。
「キュウウ〜♪ｸﾁｬｸﾁｬ…ｺﾞｸﾝｯ」
あ、駄目だ。
もう、逃げられない。
ちびたぬきは、幼いながらもこの先待ち受ける己の運命を悟った。
自ら離れておきながら、最期に思い浮かべたのは、記憶の中の綺麗な声の親たぬきだった。
“ちび…いちばんお姉ちゃんのお前を、ままは信頼しているし…”
「まま！まま！ままぁっ…まｷﾞｭｯ」
下半身から食べられていき、虚空に手を伸ばしていたちびたぬきは、咀嚼されている途中で息絶えた。



「あ゛れ゛ぇ゛…？ぢび、どごい゛っ゛だじ…？」
相変わらず、自分の声なのに慣れない。
寝て起きたら元に戻るかと期待していたが、やっぱり駄目だったようだ。

とりあえず、朝ごはん食べたらちびを探すし。
まあ、あいつ可愛くないから別のちび探してもいいし。
昨日もわたしの分まで食べさせてやったのに、全然おいしそうに食べなかったし。


そう思って、いつも通りにゴミ捨て場を漁る。
1日ごとに漁るエリアを変えているので、土日以外は安定して餌を得ることが出来た。
そして、いつも通りに飲み込んだ。
いつも通りでないのは、声だけではなかった。
ねじれた食道は、いつも通りに咀嚼したものを通らせることが出来ず。
喉を詰まらせて汚い声も出せぬまま、親たぬきはジタバタし、やがてそのたぬ生を終えた。

出来たてホヤホヤの死たぬに、近寄る影があった。
夜食にちびを食べたばかりの、たぬきもどきだった。
おそらく親が近くにいると踏んで、うろついていたのだ。
首が回っていても、ちぎれていても。
声がしゃがれていても、いびきが汚くても。
もどきは差別しない。
等しく、おいしいお肉でしかなかった。
「キュウン〜♪キュウ、キュウウ♪」
いったい何処から出しているのか、死んだたぬきよりも綺麗な高音で、喜びの声を上げた。

オワリ
